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ビキニ核実験被災者の補償~社会保険審査会公開審理より
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ビキニ被災者社会保険審査会公開審理後記者会見
社会保険審査会公開審理後の記者会見


ビキニ水爆実験被害は第五福竜丸だけではない

1954年3月1日にアメリカによる初の水爆実験(ブラボー実験)によって、第五福竜丸の船員が被ばくし、久保山愛吉さんが亡くなったことは有名です。実験は、63年まで行われました。

この事件に関する保証は、55年にアメリカとの交換公文により、福竜丸船員の健康被害と漁業の損失(マグロの廃棄など)に対する補償金を支払い、日本が受諾することで決着がついたことになっています。

山下正寿さん

実際には、最初の実験当時ビキニ諸島海域周辺医は、約1000隻の漁船が漁をしていたと言われています。第五福竜丸以外の船が漁をしていたことは。80年代に、高知県の山下正寿さん(当時高校教諭)と高校生平和ゼミナールが調査をし始めて判明しています。

山下さんは、被ばくした船員の補償をと船員保険組合と交渉を続け、厚生労働省に資料の開示を求めていました。保険は、当時船に乗っていた記録がない・時効などの理由で保証なし。厚労省も、「記録がない」としていました。

ところが、2014年に開示された公文書と付属資料によって、元船員たちの乗船記録が確認されました。これを受けて、国の責任を求める訴訟と労災申請を行いました。裁判は控訴中、労災は「不支給」決定に対して不服審査中です。


審理会前に行われた検討会



5月16日。社会保険審査会公開審理が開かれました。同日に行われた検討会・審査会後の記者会見での報告・発言から、申請人(代理人)の主張をまとめます。【取材=宮沢さかえ】

代表代理人・聞間元医師

聞間 元(はじめ)代表代理人(医師)による意見陳述要旨

1、原処分庁(社会保険)の在り方と、消滅時効のこと
原処分庁の船員部は請求人や遺族に対して、直接聞き取り調査をしていない。居住地(高知)に向くことが難しければ、せめて請求人の代理人に個別案件について意見聴取することが最低限必要ではないか。

遺族年金等の請求が、「消滅時効」(既定の一定期間をすぎ請求資格を失う)であるとし棄却された事案については、請求資格者が請求できることを知った日を起点とすべき。ないとされてきた、元被保険者の被ばくの記録(公文書と付属資料)が公示された2014年10月までの消滅時効のカウントは。停止していたと認めるべきである。

2.再審査で特に確認してほしいこと

ビキニの核実験の影響下での業務遂行性については争いはないと理解している。争点は、業務起因性・被ばくと傷病との因果関係にあると理解している。今回請求している「傷病は、放射性物質が人体に影響をもたらしたことによるものであり、被ばく後長期にわたって発生することについては、疫学調査の結果を重視してもらうしかない。

3.船員保険部「ビキニ環礁水爆実験による元被保険者の被ばく線量評価に関する報告書」(報告書)は科学の名に値するとはいえないこと

2014年に厚生労働省科学研究費補助による研究班のメンバーを中心とした有識者会議を設置し、標題の報告書を公表すると同時に、本事案請求人11人の不支給決定をした。
しかし、この際に請求人への聴き取りは一切行っていないことになる(筆者加筆)。

報告書の線量評価の方法が妥当かどうかを検証するために、実測評価がある第五福竜丸に適用した評価を求めたが、「今回の申請には第五福竜丸が対象となっていないので、有識者会議では検証しなかった」という木で鼻をくじくような回答(陳述書のママ)だった。

報告書に対する回答と、聞き取りを一切しなかったことは、保険者にあるまじき態度ではないかと言わざるを得ない。

請求者側意見主張

・船員保険部は、有識者会議の結論にすべてを委ね、検証をせずに不支給決定をした。また、聴取も行っていない。

・請求人が乗っていた船は、広島の危険区域=爆心地から2キロメートルに等しい場所で約1カ月操業していた。

・当時は、事件のことをしゃべれない状況だった。家族にも言えず、1人で苦しんでいたことをわかってほしい(遺族)。

船員保険部:意見は文書提出のみ。審理では、「不足資料などの追加資料、意見については戻ってからなるべく早く提出する」と返答。

参与:8人中4人が請求人の主張を認めて「労災と認めるべき」と主張。労災ではない、または言えるかどうかという主張の参与も、国による何らかの補償は必要と主張した。


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 NO NUKES 各派いらないプロジェクト
参考:当日請求代理人として審理に出席した、岡村啓佐さんの写真集『NO NUKES』は、マグロ船員の証言げ掲載されています
参考:当日請求代理人として審理に出席した、岡村啓佐さんの写真集『NO NUKES』は、マグロ船員の証言げ掲載されています