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映画「見えるもの、見えざるもの」カミラ・アンディニ監督トーク
Categories: 文化・アート


7月3日から10日まで東京都内で開催された響きあうアジア2019「東南アジア映画の巨匠たち」(主催:国際交流基金アジアセンター・上映共催:公益財団法人ユニジャパン)で上映された「見えるもの、見えざるもの」のカミラ・アンディニ監督(次世代を担う監督として招聘)上ークです。




ーーこの映画は、子どもの心の痛み・喪失と折り合う方法として、現実世界と精神世界の間を行き来することができる自由を持っている子どもたち、命の強さについての映画かなと思いましたが、いかがでしょうか

カミラ・アンディニ監督

カミラ・アンディニ監督:この作品に着手した時は自分自身をより深く見つめるー自分は何者か?インドネシア人・アジア人の1員として自分はなにか、を問いかける作品になりました。そういったものを含めてバリにたどり着いて、バリの哲学に出逢うことになりました。その哲学の1つが「見えるもの、見えざるもの」です。

バリの哲学は、「人生の中にはは、良いこと・悲しいこと、見えること・見えないことがある。こういった同居するものを自分でも受け入れる姿勢。どちらか一方だけでは成り立たない」というものです。

ですから、そういった2面的なものの調和を取るということなんですが、その中で死も存在するわけです。特に今回は、それを抱きしめる・自分のものとして受け入れるという姿勢の部分を映画に反映しました。



映画のシーン

ーー抱くというイメージもありますし、2抗対立のものが拮抗し合う・対話をし合うというように、私には見えました。

アンディニ監督:人間としてすべてのことに関して。対する・会話するということがあると思います。私が今回テーマとして捉えたのは、自分との対話・より内生的な的なものということ。外に対して発するだけではない対話ーこの哲学を通して、インドネシア人とはどういうものかということに向き合い、内なるものとの対話がとてもインドネシア人的ではないかということに至りました。


タントリ



ーー美しい自然と動物との掛け合い、その中で生きている人も強烈なイメージだと思います。それと、ダンスについて話していただけますか?

アンディニ監督:自然界の要素を、「どのようにつながっていて、どういうふうに映画にするかという時に、やはりセリフを使うというだけでは無理だった。そこで今回はバリにたどり着いてダンスコミュニティの振付家と会い、ダンスの動きを見ました。あるダンスのピースを見て「これは映画に取り込まざるを得ない。ぜひ使いたい」と思いました。

そして、バリでストーリーとなる題材も見つけました。タントリ(主人公である双子の女子=姉の方)というのは、バリに伝わる姫にまつわるストーリーがあるんです。眠ることができない王のために、姫がいろいろな話を聞かせる。その中で動物が出てくる話があります。

かなり内生的な話も出てくるのですが、やはり私のタントリのバージョンを作りたいという欲求が出てきました。タントリが自分の気持ちを考え、これをどう表現するか、そのために動物を用いるアイディアにたどり着きました。(聞き手:主催者スタッフ・日本語訳;当日の通訳による)

会場から、卵を食べるシーンが多かったことについて質問がありましたが、これは私も感じたことでした。その答えは、「卵はバリだけでなくインドネシアを通して生命のシンボルと捉えられています。また、バリでは卵を供物に用います。インドネシア的な象徴であると同時に、個人的にも卵が好きなんです。インドネシア人は、目玉焼きや焼いたものなど卵料理が好きなんですが、子どもの頃から大人にになるまで『黄身が好きか白身が好きか』と聞くのが生活の1部です。白味と黄身それぞれに好きな人がいるとちょ「うど良い」でした。
          【写真・文=宮沢さかえ】

         ◇  ◇  ◇
■ 作品情報
アンディニ監督の第2作。1作めを撮り終えてすぐに構想を練り始め、7年かけて完成させた(トークより)脳障害で寝たきりの弟を看病する10歳の少女タントリの心は真夜中に解放される。現実と幻想の入り交じった描写が美しい。(協力:東京フィルメックス)


    

監督:カミラ・アンディニ/2017年/インドネシア・オランダ・オーストラリア・カタール/86分