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集会「過労死公表から2年 NHK記者の死が問いかけるもの」
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2013年7月、過労が原因で突然命を落としたNHK記者・佐戸未和さん(当時31歳)。未和さんが出勤していなかったにも関わらず、死亡が確認されるまで職場(関係者)は動きませんでした。また、翌年労災が認められましたが、NHKは公表しませんでした。


未和さんの過労死は、単に長時間労働だけが原因ではなかったのではないか?10月6日、東京都内で「過労死公表から2年 NHK記者の死が問いかけるもの」が開催されました(主催:「未和さんのことを伝える有志」、参加者:150人)。


主催者の意向で、掲載は登壇者の発言・画像のみとのことでしたので、その中で話されたことを、問題別にまとめます。






左から下村健一さん・佐戸守さん・佐戸恵美子さん


〔長時間労働〕
未和さんは、亡くなった当時都庁記者クラブに勤務し選挙を担当していました。2013年は東京都議会議員選挙が6月に、参議院議員選挙が7月に行われました。担当記者は、政党や街頭演説、街の人の声などを取材し、情勢分析や票読みなどをしていました

都議会議員選挙の前1カ月の総労働時間は348時間(時間外188時間)、参議院選挙の時は369時間(209時間)でした(『未和』参照)。これは、労災申請を決めてからさまざまの記録を掘り起こして計算されたものです。当初、NHKに過労による死ではないかと言うと、「記者は一人親方のようなもので、労災の対象にはならない」と言われた(恵美子さん談)とのことでした。また、「強制ではなく自主的に仕事をしていた」とも言われています。

NHKが未和さんの過労死を公表した2017年は、「働き方改革」が審議されていました。国会で審議が始まってからは、恵美子さんなど過労死家族の会の人たちが国会の膨張や証言を続けましたが、裁量型労働制の改悪ともいえる高度プロフェッショナル制度が採択されました。


仕事中の佐戸未和さん
写真提供:佐戸恵美子さん



〔職場・上司との関係〕
 NHKは、「佐戸さんは周囲から親しまれ、頼りにされていた。人間関係に問題はなかった」と言っていたようですが、異動者の送別会から深夜の帰宅をした後、2日間出社していなかったのにも関わらず、職場が何の動きもしなかったのはなぜでしょうか・未和さんの異変に気がついたのは、元同僚と未和さんの婚約者でした。

金平茂紀さんは、「放送局内の同じ部屋で机を並べて仕事をしている人たち以外は、、顔を合わせることも少ない詩、出勤状況などがわかりにくい。

また、制作の現場には局員だけでなく、外部の社員やフリーランスの人も働いている。朝早く出社すると、廊下に寝ている人がいて、局員には仮眠する場所があるけれども、それ以外の人にはない。同じ仕事をしているのに、違う立場の人がいるということにも、職場での関係がうすくなる原因があるかもしれない」と語っていました。


左から金平茂紀さん・佐戸守さん・佐戸恵美子さん


〔選挙報道のあり方〕
未和さんが過労だった1番の要因は、間違いなく長時間労働であったかもしれません。けれども、それに加えて、前の項に書いた職場の状況と選挙報道のあり方も大きな要因であったのかもしれません。

「より早く・正確に、外に漏れないよう」などを求められ、それに懸命に応えようとすればするほど、結論を出すまでに時間がかかり神経を使っていたことが伺われます。ひごろ滅多に弱音を吐かない未和さんが、選挙で忙しくなったころの父・守さんへのメールで「寝る時間がない、しんどい」などと書いていたと言います。守さんは、「今となってはこの時に少し気遣っていればと思う」と声を詰まらせていました。

さらに後からわかったことで、「外にもれないように」している情報が、政府与党に流れていたことです。母・恵美子さんには「私の名前を出さないでほしい」と言っていたそうです。

〔最後に〕
恵美子さんの話で1番胸を打ったのは、「未和さんの指に3つのタコがあった」という話です。おしゃぶりでできた吸いダコ・ペンダコ・吐きダコで、吐きダコは鹿児島勤務の時に警察担当で、酒を飲まないと話をしてもらえなかったため、飲んでは吐いて仕事をしていたからできたものでした。涙ぐましくもあり、「取材先でのハラスメント」ではないか?と憤りさえ感じました。

金平さんは、「今日のことを未和さんが番組にしたら、どのように結ぶでしょうか。きっと『さて、あなたの職場はどうですか?』とするように思います」と会を閉じました。

  【写真・文=宮沢さかえ】

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この集会を開くきかけともなった本『未和 NHK記者はなぜ過労死したのか」に詳しく書かれています。
■ 本の紹介k記事