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WITHコロナの時に〔8〕困難乗り越えたオペラ公演に視る
Categories: 文化・アート



2度めの「緊急事態宣言」解除後、第4波と見られる感染拡大が起きています。以前の自粛要請・緊急事態宣言から、対象となった事業や一斉休校に伴う生活や仕事への影響は計りれないものがありました。

医療機関や従事者への対策・補償が最優先であることは言うまでもありません。けれども、眼に留まりにくく、平時でも社会保障・生活補償が行き届いていない人たちにも、死活問題が起きて、いよいよ深刻化しています。

第3波よりも感染者数が増える可能性があるWITHコロナの時に、ウェブマガジンのたる的に必要と考えることを発信します。【宮沢さかえ】

第8回は、「コロナ禍乗り越えオペラ上演」です。



2020年4月、初めて新型コロナウイルス感染症に対する非常事態宣言が発出されると公共の施設のほとんどが閉鎖され、音楽関係団体は行き場を失い長期間にわたる苦しい状態が始まりました。とくに合唱クラスターが発生したことから、世間の合唱に対する見方は大変厳しいものとなり、大きなイベントは軒並み中止に追い込まれました。

「歌劇 幕臣・渋沢平九郎」は、渋沢平九郎プロジェクトにより2年前から立案・企画され、綿密な計画のもと脚本家・作曲家・プロソリスト陣・プロオーケストラ・合唱団との調整を進め、2020年1月に練習が開始されました。



その矢先の、「非常事態宣言」発出でした。練習計画は中止や延期を余儀なくされ、再開後も感染を恐れた合唱団員が1人去り2人去り、当初の予定より人数が半減し演奏への影響も心配されましたが、残ったメンバーでなんとかカバーしながら取り組みを進めました。私は顧問としてプロジェクト全体のサポートに携わりました。

感染防止対策に掛かる費用やそれによる演出の変更など、活動期間が長くなった分だけ経費がかさみ経済状態も悪化してしまいました。赤字覚悟でやる意味があるのか、どうして今でなくてはならないのか、時機を見て仕切り直ししてはどうかなど、議論百出したもの定の2020年5月23日は渋沢平九郎の命日であり、わざわざその日に設定したのだから、できればその日に実現したい、最善の感染防止策を施せばなんとか上演に漕ぎつけられるのではないかとの判断に至りました。

ところが、本番2カ月前の3月、会場の深谷市民文化会館から感染者増加により5月の貸し出しが出来なくなったと知らされ、一同愕然とし肩を落とすしかありませんでした。「その代わり1年後の2021年2月6日に会場を用意するから使ってくれ」とのご厚意を頂き、先の話ではありますが一筋の光が見えた気がしました。

事務局では、公演日程の変更やソリストの変更などに伴い、ポスターやチラシの作り直し、公演を応援して下さる深谷市や渋沢家関係へ変更のお知らせに伺ったり、その他の広報活動など予期せぬ業務が増え、その負担は計り知れないものとなりました。




その後もコロナ禍は衰えを見せず、会場の人数制限はオーケストラ・ピットにまで及び、40人の奏者が入りきれないことが判明し、最終的に舞台の後方へ配置するという苦肉の策を取りました。当然、指揮者は舞台前で歌い演じる歌手に背を向けてしまいます。そこで、やむなく指揮者を映し出すモニターを舞台前面に複数設置して、それを見ながら歌うという厳しい状況となりました。そんな異例づくめのオペラ公演でしたが、多くの方がたから賞賛の言葉を頂くことができました。

オペラの主人公渋沢平九郎は、いま放映中のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公=渋沢栄一の見立て養子(幕臣が海外出張の際に指名した後継ぎ)になった人物です。戊辰戦争で地方戦の飯能戦争で新政府軍と闘い、20歳という若さで壮絶な死を遂げました。尊王攘夷思想に燃え彰義隊に参加、そこから分裂した振武軍のリーダー格として短い生涯を閉じるまでを描いています。渋沢栄一の大成功(光)の裏に隠れた、平九郎の犠牲(影)にスポットを当てたオペラです。



コロナ禍で練習もままならない中、企画から上演に至るまでの苦闘の記録として、『コロナ禍乗り越えオペラ上演<歌劇 幕臣・渋沢平九郎>』をAmazonオンデマンドから出版しました。ご覧いただけるとありがたいです。

【渋沢平九郎プロジェクト顧問 加藤良一】


   

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