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書評『名越左源太の見た 幕末奄美の食と菓子』
Categories: 文化・アート,

著者:今村規子出版社:南方新社価格:1800円+税発行日:2010年5月10日

 本書は、お菓子の老舗虎屋の資料室=虎屋文庫に勤務する今村規子さんが、島津藩士・名越(なごや)左源太の絵入り日記『大島遠島録』に導かれて江戸末期の奄美の食材と料理を丹念に調べた労作です。日常食はもちろん、普請などの祝いごとや節季のための特別のご馳走など、自然の恵みを最大限に活かした美味しそうな料理が次々に出てきます。鶏飯(けいはん)など南方から伝わったと思われる料理もあれば、熟れ鮨といった本土で作られていたものもあります。

 しかしながら、薩摩藩に納める黒糖を作るために耕地はすべて砂糖黍とされていた当時の奄美の主食は芋でしたし、その他の食材もソテツ・夜光貝やカタツムリ・海藻・犬を含む多様な獣肉など島ならではのものです。高温多湿の気候であれば、保存のしかたも工夫しなければなりません。必然的に本土とは違った調理技術が編み出され、独特の食文化が成り立っていったのでしょう。まことに興味深いことです。

  さてこの本のもうひとつの面白さは、まったくひょんなことから人と人は出会うものだという人事の機微をしみじみ感じさせてくれることです。今村さんの“ひょん”は『大島遠島録』にあった、“くるくるとした渦巻き状の小さな煎粉餅のスケッチ”。その小さな可愛らしい絵が、奄美に関する予備知識がゼロだった今村さんと名越氏の時空を超えた楽しいおつきあいに発展したのです。

  嘉永3(1850)年、お由羅騒動に巻き込まれた31歳の名越氏は、奄美大島流刑の憂き目に遭います。御家のためとはいいながら、幼い子ども4人を含む家族を残して住み慣れない離島での独り暮らし。「いかにも難儀のことよのぉ」と思ったかどうかわかりませんが、前向き思考の名越氏はさらりと新たな風土と生活になじみ、5年間の島暮らしを『大島遠島録』に綴りました。

  赦免の日を待ち望みつつも今を楽しみ、ていねいに誠実に生きる名越氏の記録は百数十年の歳月を飛び超えて今村さんに届き、彼の人間的な魅力に惹かれた今村さんは厖大な文献を調べて本書を編みました。そしてこの書物を通じて、さらに多くの人々が名越氏や奄美の伝統的な食生活に出会うに違いありません。好奇心と共感の連鎖は、まさに“くるくるとした渦巻き状の”お菓子のようです。【和田みどり】

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『名越佐源太の見た 幕末奄美の食と菓子』の出版情報