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スピーチ:これが私の生きる道~日本人女医・名知仁子の挑戦
Categories: くらし, イベント

 

名知仁子(なち さとこ)さん

名知仁子(なち さとこ)さん
「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会」代表・医師(内科・循環器)・独協医科大学非常勤講師・気功師

 

「ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会」代表で医師の名知仁子さんの話を聞きました(3月11日・さいたま市・特定非営利活動法人インディペンデント・コントラクター協会主催)。

 

名知仁子さんスピーチ

名知さんの話の初めは気功でした

 

名知さんは気功師でもあり、話の最初は気功で体をほぐしてリラックス。元もと、ゆったり・のんびりした雰囲気の会場(カフェみつばち)が一段と和みました。

話のはじめは、「なぜ医師になったか」から。赤ひげのようなお父さんの診療所を見て育ち、眼科医になりたかったのですが、「自分には向いていないと思っていました」と名知さん。それでも、外科医になるための勉強を始めました。ところが、研修医についたとたん言われたのが「女性の外科医はいらない」の一言。

それから、俄然やる気が起き見事「女医」に。患者さんからも「女医さんに看てもらいたくない」と言われたことがあるそうで、「女医さんだから良かった」と言われるように心がけて来ました(例えば、はだけてもらった後に前を閉じるなど)。

 

名知仁子さんスピーチ

名知さんの話に聞き入る参加者

 

医師になった後も、「人生をどう生きるか」「医師としてどうしていくか」を考えた名知さんは、異業者の会に参加したリ、国際医療に携わるためにラジオ講座で英語を学びまし。勤務中も、ラジオが聞ける部屋に行って講座を聞きまた診察室に戻っていたと言います。

そして、誰もやっていないことに第一歩を踏み出そうと思い、37歳の時に国際医療団体=国境なき医師団に参加します。以後、タイ・カレン族への医療支援やイラク戦争後のヨルダンでの難民救済、ミャンマーサイクロン被害地に入り人道支援などをしてきました。

現在は、マラリアなどの伝染病対策や乳児の死亡率を下げる、菜園を作って栄養状態の向上と現地人雇用を生み出す永続循環型クリニックの設立に取り組んでいます。名知さんの話は、「人と繋がり、輪になり環になって還る」という言葉で結ばれました。

 

名知仁子さんのスピーチ

ミャンマーの位置や国のようすなどを話す名知さん

 

名知さんの話を聞いて

私は、男女で区別・大別することが好きではなく、敢えて文字にもしないようにしています。けれども、名知さんの話のタイトルに「女医」の文字が入っていることに大きな意味を感じました。これは、敢えて入れてある訳ですね。

昨年の巨大地震の際には、「お世話になったから」とミャンマーからもボランティア活動に参加したとのこと。名知仁子さんは、「医は人なり を体現している医師」だと表現したいと思います。【写真・文=宮沢さかえ】

ミャンマー ファミリークリニックと菜園の会(MFCG)ブログ

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インディペンデント・コントラクター協会ウェブサイト

インディペンデント・コントラクター=期限付きで専門性の高い仕事を請け負い、雇用契約ではなく業務単位の請負契約を複数の企業と組んで活動する独立・自立した個人