ウェブマガジン・のたる

ヘレン・カルディコット医師(アメリカ)来日講演の3月13日東京会場の内容2回目。後半は、福島第一原発事故の影響にも触れられた。


ヘレン・カルディコット医師の来日講演・東京の内容を2回に分けて掲載する。1回目は、チェルノブイリ原発事故後の状況。


フクシマ惨事を憂慮するヘレン・カルディコット財団のヘレン・カルディコット医師による来日講演会情報。「放射能による人体及び地球環境への影響」「原発の危険性」について語る。


ビキニ事件当時、船に乗っていた人を訪ねる聞き取り調査3回目は、前回会った人が知っていると言っていた元漁労長。参考になりそうな本を用意し、自宅に案内してくれて話を聞くことができた。途中からは、キノコ雲を見たという人に話を聞いた。


「ビキニ事件を解明することは、フクシマのX年後を知ることにつながる」という映画「~放射線を浴びた~X年後」・伊東英朗監督の呼びかけに応えて始まった調査の第2回目が行われた。当時第二幸成丸航海士だった有藤照雄さんを訪ねた。またその後の聞き取り調査では、重要な情報が得られた。


伊東英朗監督・日笠昭彦NNNプロデューサーと

取材する伊東英朗監督にすごい剣幕で話していたおばあさんの言葉が、映画を見終わった後も頭から離れなかった。「当時はああするしかなかったんだ」。映画鑑賞後、私は伊東監督に当時を生きてきたやりきれない気持ちが露わになったその言葉を使った理由を聞いた。


久保山愛吉さん記念碑

1954年、ビキニ環礁での水爆実験の影響で被ばくした第五福竜丸。その無線長の久保山愛吉さんは、同じ年の9月23日に亡くなりました。58年後のこの日、記念会が行われ第五福竜丸展示館見学と記念碑への献花がありました。


大林宣彦監督

映画「~放射線を浴びた~X年後」公開記念イベントで、同映画の伊東英朗監督と映画作家の大林宣彦さんのトークがあった。大林さんは、虚構と現実、文化・芸術とジャーナリズムについても語られたが、私(筆者)も心したい言葉だった。


第五福竜丸展示館トークイベント

1954年マーシャル諸島海域でアメリカによって行われた水爆実験で被ばくした第五福竜丸は割合に知られているが、実は多数の日本の船が被災していた。人にも影響が出ていたことは当時すでに報道されていたが、解明には至っていない。映画「X年後」の伊東監督と第五福竜丸展示館・安田和也主任学芸員のトークがあった。


肥田舜太郎医師

広島の被爆者を大勢診て来た、肥田舜太郎医師を描いた映画「核の傷」。「被爆者を診た医者で生きているのは自分だけだから、話し続ける」と語る肥田医師。福島原発以降の話は、併映の「311以降を生きる」で聞くことができる。


樋口健二さん

3月4日にさいたま市で開催された「樋口健二さいたま講演会」レポート。さいたま市の公立中学校教諭の川根眞也さんの放射能被害の話、樋口さんの話や写真は、危機に迫るものがあり、聞く者を圧倒した。


樋口健二講演会チラシ

報道写真家・樋口健二さんを迎えて、福島第一原発事故の実態を聞き、二度とこのような事故を起こさせないためにも、原発を稼働させない・海外に売らせないことを考える講演会を開催。ウェブマガジン・のたるが田団体と共催、週刊金曜日・協賛。


ヨアヒム・チルナーさん

映画「イエロー・ケーキ」のロードショー公開を前に、開かれたシンポジウムで、ヨアヒム・チルナー監督や原発問題について発言し行動している俳優の山本太郎さんが脱原発運動などにつて発言。コーディネーターは、映画監督の鎌仲ひとみさん。


藤波心と学ぶ親子原発・放射能教室

1月14・15日にパシフィコ横浜で開催された「脱原発世界会議」色いろな企画の中の持ち込み企画。「藤波心と学ぶ親子原発・放射能教室」のフォトニュース。


食の和の集い

味噌を楽しむ集いが開かれた。味噌は美味しいだけでなく、健康に良い効能がたくさんあるという。また放射能にも効くという報告も。


土壌汚染調査をした市民

放射能測定 市民


野呂美加さん

チェルノブイリ 放射能


川根眞也さん

川根眞也 放射能 放射線 原発