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監督インタビュー:「鳥の道を越えて」今井友樹さん~「祖父の気持ちがわかりたかった」
Categories: 文化・アート

2014年10月末から公開される、映画「鳥の道を越えて」の今井友樹監督に、制作にまつわる話を伺いました。

――ご自身のおじいさんの言葉が、この映画を作るきっかけになったということですが、詳しく教えていただけますか?

今井友樹監督 1979年岐阜県東白川村生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、民族文化映像研究所に入所。現在は、フリーランスとして民俗や伝統文化の記録活動に携わっている。本作が劇場公開の初監督

今井友樹さん:映画監督 1979年岐阜県東白川村生まれ。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、民族文化映像研究所に入所。現在は、フリーランスとして民俗や伝統文化の記録活動に携わっている。本作が劇場公開の初監督

今井友樹監督:子どものころ、「鳥の道があった」と祖父が教えてくれたんです。「どこ?」って聞いたら、「山のあそこ」と指さして、具体的に教えてくれるのですが、行ったこともないし、僕には見えなかった。祖父の子ども時代の生活体験と、現代っ子である自分の生活体験とが、全然違う。祖父が同じところで育っているのに、遠い人のように見えたんです。祖父が指す方向が、僕には見えない。祖父自身もどう説明して良いかわからず、困った顔を見た時に、祖父の気持ちわかりたいな と子ども心に思っていました。

――制作には8年の歳月をかけたと聞きましたが、取材はどのように進めていったのですか?

今井監督:最初のころは、(カメラを持たずに)話を聞きに行くだけでした。断片的な話をいろいろな人に聴いて、想像力を膨らませていたんですけど、ビデオカメラを回すようになって、自分が大事だと思うモノを、とりあえず撮っていったんです。それが、鳥の話に限らず、多岐に広がっていきました。3~4年前に、具体的な知識も増えてきたのでもしかしたら、映像にまとめられるかもという気持ちで、映画制作に取り組みました。

――映画を撮って行く過程で、わかってきたことや心境の変化はありましたか?

今井監督:1947(昭和22)年にカスミ網猟(鳥をカスミ網で捕まえる)は禁止されていて、禁止されたことでその後に行われたことは犯罪となりました。それについては、「なんで禁止されたんだろう」という素朴な疑問もありました。

子どもの頃に祖父から鳥の話を聞いた時にも、「でもやってはいけないんだぞ」という感じで語りたがらなかったんです。いろいろな人からだんだん話を聞いて、自分にもなんとなくその世界が見えてくると、祖父の世代の人たちが、自分のことをわかってくれる人という感じで、心を開いて喋ってくれるんです。それが僕にとってはうれしくて、映像にはすべては納め切れないけれど、少しでも受け継ぎたいという想いがありました。

一方で、自然保護に取り組んだ方がたの気持ちもすごくわかって、僕としてはある時代まで伝統文化だった時代背景と、戦後の保護思想の中で行われていたものと、どちらも気持ちとしてみれば寄り添える話です。その中で揺れ動き、悩みながら制作しました。それが、両方の立場の方に見て頂いて、「おもしろかった」と言ってもらえたのが、一番うれしかったです。

――映画を制作して、ご自身の中で何か答えは見つかりましたか?

今井監督:伝統文化という側面と自然保護という両側面が自分のふるさとの自然の中にあり、その中で揺れ動きながらこの映画を作っていきましたが、自分の中ではまだ悩んでいる最中です。そんな簡単に答えをだせるものではないと思います。そうは言いながらも、現実に鳥がいなくなってしまっている。猟をしたという要因だけではなく、環境変化やいろいろな要因で、鳥がいなくなっていることをどう考えたらいいのか?というのがこの映画で、僕が言いたかったテーマです。

――撮影中、苦労したことはありましたか?

今井友樹監督今井監督:ベテランのスタッフやカメラマンの方がたが周りにいてくれて、雰囲気作りが僕よりも上手で大変助けられました。自分がインタビューで話を聞いてても、聞き流したりとか、その大事さに気づかなかったり ということも。そんな時は、撮影中でもカメラマンが、僕に怒って「大事な話してるんだから、そこ聞かなきゃ」と言ってくれたりして、その場で諭されながら一緒に作っていったように思います。

カメラマンは67歳なんですが、それだけ年が離れていると同じ話を聞いていても、感じる部分が違ったりする。客観性があったし、とても助かりました。

――おじいさんの事が好きでなければ撮れない作品だと思ったのですが、監督はおじいさんっ子でしたか?

今井監督:いや、そうでもないです(笑)無口な祖父で、自分のことを語らない人でした。たまに話してくれた言葉が、印象的だったように思います。「なんか孫がカメラ回しているなあ~」というぐらいに思っていたと思います。でも、先日、地元で完成上映会をした時に、祖父が一番前の席に座ってくれて、翌日祖父のほうからわざわざ来て話しかけてくれました。「8年間よくがんばったね、お疲れ様」と言ってくれたんです。それだけで僕は、もう感無量でした

――今回、この映画を作ってみて、よかったこと、感じたことはありましたか?

今井監督:映画の最後のほうに出てくる丹羽宏さん―この方は東濃地方(岐阜県)で、鳥が好きでいろいろやっていたのに、カスミ網猟というのが、自分の地元にあるというので、撲滅運動を立ち上げた方なんです。鳥が好きなのに、向き合う相手が同郷の人だったということで、とてもいろいろな苦労をされているんです。それこそ、嫌がらせもいろいろあったという話も聞いてます。それでも、鳥の保護に尽力されて…。僕は、この方の気持ちにももすごく寄り添いたかったんです。

祖父と対極にいる人だったと思うんですが、丹羽さんが映画を見てくれて、「おもしろかった」と言ってくれたのには、本気でうれしかったです。

この方が50年かけてカスミ網猟を撲滅して、これで鳥の群れがもう1回戻ってくると思ったけれど、鳥はますます少なくなっているという現実。それはなぜなんだということを、映画を見終わったあとに、投げかけてくれたんです。その言葉は、僕は大事だなと思っています。保護するにも文化を守るにも、その対象である鳥がいなくなってしまったということに、どう向き合えばいいのか。それと、自然との折り合いのつけ方、というんですかね、そういうことが問われているように思いました。

――どんな方がたにこの映画を観てもらいたいですか?

今井監督:若い人たちに観てもらいたいです。いろいろな見方ができると思います。僕の願いは、この映画を通してこういった問題について語り合う場ができればいいと思っています。それは、作っている時から思っていました。若い人に観てもらいたい理由は、僕自身がそうだったように、知らない世界を知ることができるので、自分の足下にはいろいろなテーマが広がっている という可能性を見つけて欲しいです。

インタビューを終えて

最初は、おじいさんの気持ちがわかりたい、という単純な動機から始まった映画が、スケールの大きな内容になったことは、とても感動的だと思いました。そして、今井監督の温和な人柄が作品に映し出されているように思いました。ぜひたくさんの方に、この映画を観てほしいと思いました。

【2014年9月4日東京にて取材。聞き手・写真=山口亜希子】

 

■ 「鳥の道を越えて」公式ウェブサイト

2014年秋より全国順次公開、10月下旬渋谷イメージフォーラムにて初公開
監督:今井友樹/制作:鈴木正義・今井千洋/2014年/93分/企画・制作・配給:工房ギャレット
平成26年度文化庁映画賞文化記録映画優秀賞 受賞

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