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監督インタビュー:映画「残されし大地」監督夫人・鵜戸玲子さん
Categories: 文化・アート

3月11日からシアター・イメージフォーラム(渋谷)でロードショーの映画「残されし大地」。監督のジル・ローランさんは、編集のため1時帰国していたベルギーで地下鉄テロに遭い亡くなりました。公開を前に、監督夫人の鵜戸玲子さんにインタビューしました。【2017年2月、東京都内にて取材=宮沢さかえ】

Q:福島を取材テーマにした理由をお聞かせください。やはり、「原発」があってのことだったのでしょうか?

鵜戸玲子さん 撮影=宮沢さかえ

鵜戸玲子さん 撮影=宮沢さかえ

鵜戸:そうですね、当然原発ということは大きかったと思います。ジル(・ローラン監督)は本当に自然が好きな人で、人里離れた森の中に入って行って1人で生活する体験を書いた『ヴォーデン・森の生活』などのヘンリー・デヴィット・ソロー(アメリカ・1800年代)の本が好きでよく読んでいました。人は自然の中で活かされる・自然と共により良く生きるということをすごく考えている人でした。

とはいえ、彼はずっと映画業界に居てアート全般や映画も好きで、職業(サウンドエンジニア)としては映画をやりテーマとして自然とかヒューマニティに関わることなどに惹かれるものがあったし、実際サウンドエンジニアとしての中でもやっぱりドキュメンタリーなど考えるようなものが多かったように思います。

ですから、福島でということと原発の事故が身近(鵜戸さんの母国)であって、どうなってしまうのかと心配をしていましたし、今じゃなきゃ描けないものを描きたかったのかなと思います。

宮沢:映画の中の半谷(はんがい)さんの「土はわれわれを生かすためのもの・土がなくては生きていけない」という言葉が、私自身もドキッとしましたし「それが奪われた・失った:」ということが、監督が1番描きたかったことなのでは?と感じました。

ⓒCVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous

(C)CVB / WIP /TAKE FIVE – 2016 – Tous

鵜戸:すごく大きいと思います。監督は、木も好きだったんです。人間も木が進化したようなもので、普段は見えないけれど実は根っこのようなものがあって、その土地に張って安心して生きる。だから、引っ越しを急にしなくてはならなかったら、1回根っこをプッと切って新しい土地に植えられて、最初はちょっと元気がないけどだんだん根をはやしていくという感じですよね。

人間には根っこがあったんだと思うと、人生とか住む場所と自分がわかりやすいと思います。彼は常づねそういうことを言っていたので、人間も木みたいなものだという、土が大事だということを強調したかったんだと思います。

半谷さんみたいな人は80歳代で根っこが張っているんですよね。たとえ汚染されていても、そこから養分を吸い取るシステムみたいなものができ上っているんだと思うんです。だからそれが多少悪くなっていたとしても、こっちの土の方が良いってことですよね。急に知らないクリーンな土地に行くよりは。ということを肌で動物的に感じてあそこにいるんですかね。

まだ結果が出ていないから、これからも感じ続けていかなくちゃいけないことなのかなと思います。

Q:監督が地下鉄テロで亡くなられたことで、この映画の意味が深まったり加味されたものがありますか?

ⓒCVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous

(C)CVB / WIP /TAKE FIVE – 2016 – Tous

鵜戸:深味は本当に出たと思います。もし彼が亡くなっていなかったら、単に「1外国人が撮った福島」ということで、ちょっと日本人と視点が違うとかきれいな映像でというようなことで終わっていたのかなという気もします。もし亡くなっていなかったとしても、すごく良い映画だったと思うんですけれども亡くなったことで、よりジル・ローランという人が観たり聞いたりしたことにものすごく深みが増しています。

もうジルはいないけれども、彼が見たり聞いたり感じたりしたことが、カメラのファインダーを通して蘇る。肉体が無い分、そこで蘇る感じがものすごく強くなっていると思うんです。

監督が生きていたり、10年前に亡くなった監督の作品を観るのとは味わいが違うと思うんです。ついこの間まで肉体があった人が。肉体がなくなったということが観る人の頭の中にあったら、映像が観ている人の身体の中に蘇らせる力があるような気がします。

あとは間接的になりますが、これを撮った人がテロで亡くなったんだということに関して、思いを馳せてもらいたい思いが私の希望としてはあって。絶対にあってはいけないこと、でも残念ながら今の世の中はテロがあって頻発していますよね。

テロがどこかで起きた時に、「あぁ、○○で起きたテロだ」とか場所と人数だけで、何となくウチじゃなくて良かったというような思いじゃなくて、自分の夫だったらどうなんだろう、自分の息子だったらお兄さんだったらどうなんだろうというようなことを、もっとみんながなぞらえて考えてくれるようになったら、ちょっと変わってくるものがあるんじゃないかなと思っているんです。

原発事故も、自分の家でおきたらどうなんだろうとなぞらえて考える必要がある。「ウチでなくて良かった」じゃなくて、相手の身になって想像して、そこに身を置いて考えてみる。私も、そういう意識が足りなかったと思います。こういうことが起きてから初めていろんなことと繋がれたような気がしています。

Q:余計なことは語らずコメントもなく、淡淡とそのままを写す撮影手法は、意図していたことなのでしょうか?

鵜戸:「そうしたい」と言っていました。普段から、例えばドラマの音楽が感情に合わせて全部入れたりしているのを、「うるさい」と言っていました。実際にこの映画を作る時も、(登場人物の)松村さんのこともテロップを出したり説明を書き出したりナレーションを入れたりしたくないんだと。

あくまで綿密に調べきった上で、こういったシーンを撮りたい・ああいったシーンはどうかなという風に「もう1度映画として撮りたい」と言っていました。

宮沢:声高に何かを言うのではなくそのままを撮ってじっと見つめている分、それは監督の眼であると思うし、そこがむしろ良く伝わってくる。何も言わないだけに、そこに写っているもの・聞こえるものが伝わると思いました。

鵜戸:ちょっと抑制したトーンでね。

宮沢:このタイプの映像に慣れていなかったり、好みもあると思いますがちょっと「ん?」と思う人もいるかもしれませんね。

鵜戸:セリフの文字表記もないし音もないので、自然の音に耳を澄まさざるを得ない所や原始的なものを呼び覚ますようなところがこの映画の面白いところかなと思っています。

Q:監督が今ここにいらっしゃったら、何と言われるでしょう

ジル・ローラン監督 ⓒCVB / WIP /TAKE FIVE – 2016 – Tous droits reserves

ジル・ローラン監督 (C)CVB / WIP /TAKE FIVE – 2016 – Tous droits reserves

鵜戸:私は今お話ししたように、分析をしていろいろ言えるんですけれど、彼はもうそんなことは言っていないような気がします。ただただ、「ありがとう」と言っているような気がするんです。公開にこぎつけることができた私も含めて関係者に、日本語で静かに。「アリガトー」っていうのが耳に残っていて、ただただそう言っているような気がします。お客さんにも、「観てくれてアリガトー」。あとは「感じてください」と、キラキラした想いでこの状況を見ているのではないかという気がするんです。

 

Q:鵜戸さんからも一言おススメの言葉をお願いします。

鵜戸:私は、最初は夫が亡くなったので悲しいしこの映画をいろんな人に観てほしい・もったいないという気持ちだったんですが、いろんな人に観てもらう内にだんだんこの映画は福島だけの話じゃなくて、故郷について描いている映画なんだなと思うようになったんです。

田舎の、普遍的な景色とか音が入っている。みんな自分の故郷を思い出す。おじいちゃん・おばあちゃんの故郷でも良いんですけれど、故郷はなんで好きかというと、自然がいっぱいあった・自分を包んでくれた・親しい人がいたということだと思うんです。そこを思い出してほしいなと思うんです。

それを思い出して、自分の故郷を大切にしようと思ったり、自分の故郷が自分にとって大事なら他人の故郷もその人にとってすごく大事なもの。みんな同じように土地に愛着を持って生きているとしたら、自分にも人にも故郷・土は大事な物なんだということを、まず感じていただくことが1番かなと思います。

 

残されし大地コメチラ表裏面

■ 「残されし大地」公式ウェブサイト

3月11日よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー/フォーラム福島、シネマテークたかさきほか全国順次公開

監督:ジル・ローラン/配給プロデューサー:奥山和由/2,016年/ベルギー/76分/配給協力:太秦