ウェブマガジン・のたる
「万人受けはあやしい 時代を戯画(えが)いた絵師、貝原浩」展
Categories: 文化・アート

 

「繁栄」「謙虚」、そして「安全」「希望」「努力」「未来」「平等」・・・そんな言葉がどれも揺らいでいる。だれもが否定できないような「万人受け」する表現に、ずっと前から疑いのまなざしを向けていた絵師(イラストレーター)がいた。貝原浩の仕事机の引き出しに残っていた、1980年代90年代のマス媒体から機関紙までに描いた大量の風刺画から、今回は、220点ほどを展示する。(本展覧会ちらしより引用)

 

 

東京都練馬区の武蔵大学正門斜め前にたたずむギャラリー古藤。このギャラリーでは社会派の展示を積極的に行っています。ここに集うファンも多く、地域のより良いサロンとして存在感を増しています。今回は、画家・貝原浩氏の戯画を展示した展覧会です。

 

サマショーロと呼ばれる人たち

サマショーロと呼ばれる人たち(貝原 浩画文集『風しもの村』(パロル舎)画像提供:パロル舎

 

私がこの作家の作品と出会ったのは、画文集『風しもの村』という絵本でした。1986年のチェルノブイリ原発事故の6年後にベラルーシ共和国のチェチェルスクに赴いて描いたこの絵本は、村人の様ざまな生活がコメントと共に確実なデッサン力を十二分に駆使して丁寧にカラーで描かれたものでした。私はその観察力とデッサン力に、そしてサマショーロと呼ばれる汚染地域に戻って生活をしている村人へのあたたかい眼差しにとても魅せられました。

 

 

そして、今回のギャラリー古藤での戯画(イラスト)。この絵本とは全く異なる作品です。世相や政治家や市井の人びとを皮肉たっぷりユーモアたっぷりに描いたこれらの作品には、1枚1枚にやはり細かい字でコメントが書いてあります。作品は筆ペンやサインペンで描かれたと思いますが、無駄のない力強い線でひとりひとりの表情を私たちにしっかりと伝えてくれます。それに、描かれた政治家のそっくりな事。

 

 

 

また、鉛筆画も多く展示されています。鉛筆画は描かれた密度がとても濃くて、見るほどにジワリジワリとその作品の持つ凄味が伝わります。

これらの作品は雑誌『ダ・カーポ』・『週刊アサヒ芸能』(徳間書店)・『出版ニュース』(出版ニュース社)・「反天連ニュース」など、実に多くの様ざまな媒体に掲載されて来たものです。

時の政治家・世相を揶揄したこれらは、本音と建て前があるならば民衆の本音をユーモアをもって表現してくれ、実に楽しく「ジャーナリズムの本質ここにあり」、という作品です。社会に対する鋭い観察眼と反権力の姿勢があってこそ描けるものです。

 

 

貝原浩氏は2005年に癌のため亡くなってしまいました。11年の福島原発事故、その後の政治の混乱と私物化が進む世の中にとって、貝原氏の死はとてもとても残念でなりません。チェルノブイリの悲惨さを描いた氏はこの原発事故を知り、その後のフクシマの現状を見ていたらどんな作品を描いたでしょう。

最後に、17年の今日では発禁になってしまうような作品も数多くありますが、今現在、これらの作品の深い意味を私たちはしっかりと読み取らなければ、本当につらい世の中で生きざるを得なくなるような気がします。

残念ながら、この展覧会は11月26日で終わりでした。しかし、「貝原浩の仕事の会」発行の画集『万人受けはあやしい 時代を戯画いた絵師 貝原浩』という図録が出ています。是非この図録が多くの人の眼に止まりますよう、願っています。【写真・文=川越やよみ】

 

■ 貝原浩プロフィール
1947年岡山県倉敷市生まれ。東京芸術大学工芸科卒業。 イラストレーターとして、雑誌の装丁・広告媒体でポスター・チラシなどの様ざまな仕事をこなす。 2005年6月逝去
『風しものむら』復刻版(2010年・パロル舎)
『鉛筆画集 FAR WEST』(2002年・現代書館)

■ 展示会期間中に会場で開催された企画
パギやん(趙博)のオープニングライブ
対談:菊池泰博・清田義昭=貝原浩が切り取った1980・90年代の出版事情
トーク:永田浩三=「差しさわりがある」とは何か?
トーク:大田昌国=〈万人〉から離れて立つ表現
11月24日=貝原浩の誕生日! 李政美ミニライブなど
トーク:アライ=ヒロユキ=ソンタクの内と外の現代アート

■ ギャラリー古藤ウェブサイト
住所:東京都練馬区栄町9-16
電話:03-3948-5328

■ 関連記事