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インタビュー&作品紹介:ドキュメンタリー映画「OKINAWA1965」
Categories: 文化・アート

 

試写会でのあいさつ 写真撮影=宮沢さかえ

10月24日、ドキュメンタリー映画「OKINAWA1965」の試写会が東京都内でおこなわれた。この作品をつくった1982年生まれの双子の兄弟=都鳥伸也監督と都鳥拓也カメラマン、そして出演者であり映画製作のきっかけともなった「米軍の車に轢き殺された少女の写真」を撮影した嬉野京子さんへの試写会後のインタビューとともに、映画を紹介していく。

さてむ世の中 あさましや
いせに話せば 聞ちみしょり
沖縄うしんか うんにゅきら

はてさて世の中はあさましいことだ
腹の中から話しますから聞いてください
沖縄のみなさん聞いてください

「陳情口説」―1954年から、銃剣とブルドーザーで家も農地も奪われた伊江島のひとびとが、島の現状をうったえるために沖縄を歩いた“こじき行脚”でつくられ、唄われた。

この映画で、当時こじき行脚に参加した島民が唄うシーンがある。

 

団結道場

伊江島は、沖縄戦で米軍によって焼け野原にされ、日本軍にとよって多くの島民が強制集団死させられた島だ。さらに1954年からは家も土地も焼かれ壊され、島の6割が米軍によって奪われた(その経緯については、9月に放映されたNHKスクープドキュメント「沖縄と核」で、在日米軍の空軍による核ミサイルの投下演習のためだと明らかになった)。

伊江島の農民たちの抵抗は徹底した“非暴力”での抵抗で、のちの祖国復帰運動、さらには現在の反基地運動にも影響を与えた。“非暴力”は言葉の非暴力も含み、米軍に対しても、人間らしく落ち着いた行動で対応した。

提唱したのは阿波根昌鴻さん。土地を奪った相手に、これはすごいことだ。“非暴力”だからこそ、自分たちの権利や人間らしい生き方を自分たちが尊重し、米軍に奪われたあらゆる権利を取り戻そうという行動であったのだと、わたしは思う。

 

この映画で描かれるのは、「沖縄の祖国復帰運動」。日本への復帰をうったえる大運動であり、それは米軍基地を撤去させ、沖縄のひとびとの権利を取り戻す運動である。

日本国憲法が適用されなかった占領期の沖縄の、切なる願いである。

しかし1972年に本土復帰し、日本国憲法のもとになってもなお、沖縄のひとびとの苦しみはずっと続いているように思えてしかたがない。

 

嬉野京子さんが撮影した事故現場の写真

 

原点

 米軍基地建設がすすむ辺野古ゲート前。県民の過半数が建設反対をしめす沖縄。しかしそれを無視し基地建設をすすめる日本政府に対し、毎日座り込みで工事を止めようと行動する人たちがいる。そのゲート前での大集会で、翁長雄志沖縄県知事が「戦後の銃剣とブルドーザーの土地接収と同じ」というスピーチから、映画のテーマがはじまる。

沖縄の米軍基地に抗う人びとの、原点とは何か。今も変わらないもの、あるいは繰り返されていることは何か―この映画であらためて追っていくのである。

 

左から嬉野京子さん・都鳥拓也さん・都鳥伸也さん

 

 占領期の沖縄と現在

嬉野京子さん

メインの登場人物であるカメラマンの嬉野京子さんのエピソードには、鳥肌がたつ。嬉野さんは、占領期の沖縄で本土から取材に通っていたカメラマンだ。復帰運動の最中に米軍の車にひかれた少女を撮影したときも、伊江島で阿波根さんたちを取材していたときも、文字どおりいのちがけだった。

伊江島では米軍基地内に連れて行かれ、「これ以上取材をするな」と脅迫を受ける。当時米軍の監視から必死に逃げ、本土へ飛ぶ飛行機のなかでもまだ震えていたという嬉野さん。「沖縄のひとたちは逃げる場所がない」と痛感し、不甲斐なさと悔しさで胸がいっぱいだったという。

現在、辺野古や高江で必死に声をあげる市民も、何十人も不当逮捕され、警察によって弾圧されている。真実を覆い隠し、市民を脅す。“構造”は何ら変わっていない。

 

辺野古ゲート前の座り込みに参加する城間真弓さん(右)

 

若い世代にとっての基地問題をさぐる

 映画の後半に、城間真弓さん・伊礼悠記さんの若い世代の2人の女性が登場する。現在も、仕事をやりくりしながら辺野古や高江に通い、米軍基地に抗議をしている若い世代は少なくない。

戦争を体験したおじいおばあから多くの影響を受けながら、自分たちの世代特有の感覚と行動力をフル活用し、基地問題に取り組んでいる。そういった“受け継ぐ”という点については、この映画を撮った2人の若者に問いかけられていることでもある。。

嬉野さんは、「若い人たちがどういうふうに映画にまとめるのかとても興味深かったです」「沖縄の先輩たちからのバトンをたくしたいという思いがあります」と話す。

都鳥伸也監督

監督たちもしっかりその思いを感じている。「取材をしていくなかで、年配のかたがたが若い私たちに話す時、熱がはいっているのがわかります。伝えようとしてくれているんだと」「勉強しながら撮っていくという感じです。この映画のスタッフが30歳代なんですが、自分たちが驚いたことなども映画に反映しています」

だからこそ自然な流れで、「OKINAWA1965」は若い世代に向けたものに仕上がったという。

 

 

 

知るべきこと・やるべきこと

辺野古や高江のドキュメンタリー映画が最近つくられていて、そのなかで沖縄戦や土地闘争のことも多く語られている。だが都鳥伸也監督は「復帰闘争を中心に撮った映画はあまりつくられてこなかった」と話す。「今年は沖縄の復帰から45年だが、歴史を知らない人が多い」

歴史を知らなければ、未来をひらくことはできない。

 

都鳥拓也カメラマン

いま、米軍基地だけでなく、南西諸島への自衛隊配備と自衛隊再編・軍事的な動きが加速している。そして現自民党政権が狙うは改憲だ。平和憲法のもとでこのようなことが起こるのは、なぜなのだろうか。

監督たちは、「この映画を今の情勢に対する議論のきっかけになれば」と話した。「国がどうであれ、ひとりひとりが平和のあり方を築けるのではないか」-重要なメッセージが映画のラストに詰まっている。

あなたは、「OKINAWA1965」をみたあと、何を考えるだろうか。【やまだせいが】

 

 

『OKINAWA1965』をみるには

■ 先行上映会:東京母親大会分科会
12月10日13時30分~16時
@江戸川区立タワーホール船堀大ホール
午後券=1500円(高校生無料)
問い合わせ:03-3230-1734/tokyohahaoya@educas.jp(東京母親大会実行委員会)

■ 完成記念イベント
2018年2月4日18時~20時/20時15分~22時15分
@渋谷UPLINK
前売り=1500円/当日=1800円(各回60枚限定)
都鳥伸也監督・都鳥拓也カメラマン・嬉野京子さん・小林タカ鹿さん・太田いず帆さん・悠雲さんの6人による舞台あいさつあり
問い合わせ:0197-67-0714(有限会社ロングラン 映像メディア事業部)

この後は自主上映会での上映となります。上映会に関する情報などは、公式サイトをご覧ください。

■ ドキュメンタリー映画「OKINAWA1965」公式ウェブサイト