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映画紹介:返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す
Categories: 文化・アート

 

©NHK

 

私が学校で歴史を学んだ時、殆ど教わった記憶のない戦後処理問題。その1つ、今も綿綿と続く沖縄問題を我が事として感じている人はどの位いるのだろうか。

この映画「返還交渉人」は、歴史の中では無名の外交官・千葉一夫が対アメリカ・対日本政府に日本の主権を求めて戦った物語である。

沖縄に終生思いを持ち続けた千葉一夫の原点は、戦時中20歳の彼が埼玉県新座市の大和田通信所で米軍の沖縄攻撃の様子を傍受していた時だろう。「沖縄はサンゴ礁の島だから、水が無い。あの水を運ぶ人間を狙え」と言って民間人を狙い撃つ。なす術も無く、千葉は沖縄の人びとが殺される様子を無線を通じて聞いているしかなかった。

外交官を父親にもち、幼い頃から英語に慣れ親しんできた千葉は19歳で徴兵、1945年には通信士官としてアメリカ軍の無線傍受をする。戦後、東大法学部を出て外務省へ。持ち前の英語力を駆使して外国勤務の間に多くの知己を得る。67年、外務省北米局北米課長として、佐藤内閣で沖縄返還合意の交渉を担う事となった。

当時はベトナム戦争の最中、アメリカ統治下だった沖縄の米軍基地からはベトナムへB52が数多く飛び立ち、兵士達は荒み、沖縄の町で多くの事件や事故を起こしていた。そのような状況の中で、米も沖縄返還を考慮せざるを得ない状況でもあった。

 

ⒸNHK

 

1967年、日米首脳会談で1970年までに沖縄返還の時期を決める事となり、千葉は初めて沖縄を訪ねた。最初に彼を迎えたのは基地の上で轟音をたてて低空飛行をする米軍戦闘機の爆音だった。こんなにひどい環境の中で沖縄の人々は暮らしているのか、と実感し、その後幾度も沖縄を訪ねていく。

沖縄に生活する人びとに心から寄り添い、その幸せを願った千葉は核抜き本土並み、ベトナムへの出撃禁止、という日本側の要求を執拗に求めてアメリカの外交官や軍人達と強気で渡り合った。

一心に沖縄の人々に土地を返してあげたいと願う千葉を理解する上司、部下そして妻、また、沖縄の人々よりも国家を優先して考える上司、駐日大使、様々な人々の気持ちと工作が、千葉の一途な気持ちと絡み合って交渉の緊張感を盛り上げていく。

 

ⒸNHK

 

「沖縄返還」時には様ざまな問題をはらんでいたという事が今日ではわかっている。

現在、米軍基地となっている大和田通信所。そこは雑木林と雑草の生える広い空き地のような場所である。隣は、新座市の運動公園となっていて自由に出入りが出来るが、基地の側に張り巡らされた鉄条網を通して見える亡羊とした空間に今日の沖縄の問題、そして本土の問題を感じるのである。【川越やよみ】

 

    

 

■ 映画「返還交渉人」公式ウェブサイト
6月30日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。7月7日より沖縄・桜坂劇場で公開/8月11日東京都写真美術館ホールで上映

監督:柳川強/2018年/100分/原案:宮川徹志『僕は沖縄を取り戻したい 移植の外交官・千葉一夫』(岩波書店刊)/制作・著作:NHK/配給:太秦