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監督インタビュー:映画「乱世備忘 僕らの雨傘運動」陳梓桓監督
Categories: 文化・アート

2014年に、高校生・大学生たちが香港の中心部を占拠して普通選挙を求めた「雨傘運動」。自らも参加しながら撮影をした、陳梓桓(チャン・ジーウン)監督インタビュー(2018年7月、都内にて)です。監督の言葉は通訳者の日本語によります。【聞き手・まとめ=古賀勇人】

――監督がこの映画を撮ろうと思った動機、そもそも活動に参加しようと思った動機は何ですか

陳梓桓監督 撮影=宮沢さかえ

陳梓桓監督:やはり映画がより多くの人に情報を伝えられると思っていたからです。最初はこんなにも大きな運動になるとは思っておらず、数千人規模だと思っていたので参加者がどういう思いでいるのかを記録し、より多くの人に伝えたいと思いました。

私は大学の時に政治理論を勉強しており、「市民的不服従」(非暴力で公然と違反する)も習っていましたが、その時は単に習っていただけで、実感はありませんでした。しかし、この年(2014年)7月1日に500人規模の座り込みを見に行った際に、側で見ていて感動しました。理論だけだと理解できてなかったのですが、現場で状況を共にすることによって、実際に参加している人びとの背後には物語があって、その1つひとつにそれぞれのストーリーがあるのだと感じたときに、私はそれを深く知ろうと思いました。

初めてデモに参加したのは、大学生の時です。香港では6月4日の天安門事件の日や、7月1日によくデモがあるのですが、当時私はカメラを持って出向いてはいましたが、作品を作るということでも最前線に出るというわけでもなく、ただ関心を持っていて参加していました。香港では、毎年ある程度の規模の集会があります。民主主義を勝ち取るなどの大きなテーマは毎回ありますが、参加している人のプラカードの内容など、その主張は多岐に渡ります。小さなグループがたくさん集まり、それぞれのコミュニティ、違う主張が一緒に参加していて、私にはそれが面白いと思いました。

運動に参加する人が、どういう背景でどういう経過で参加しているのか、香港の彼らをまったくしらない人びと、またよく思っていない人びとに伝えようと思って映像を撮ったのです。

 

©2016 Ying E Chi All Rights Reserved.

 

――それぞれに物語がある中で、監督が1番印象に残ったものは何ですか

陳監督:以前から運動に参加している人はいましたが、ほとんどの人は代償を追わない形での参加でした。しかし、今では逮捕されたりするリスクを負って参加する人が増えています。これは市民的不服従というやり方の代償ではありますが、特定の誰かということではなく、例えば7月1日の座り込みに参加した人たちが1人ひとり警察車両に連れていかれる。まだ若い人たちも中にはおり、それぞれ違う思い・違う表情で連れていかれました。中には裁判で裁かれる人もいて、数カ月・数年から6~7年の刑期を受けた人もいました。

彼らはそれぞれに違ったストーリーを持っていますが、その中の一人で60歳代の人は、7年の刑期に処されました。香港の社会運動は若い人が前線に出ることが多いので、彼のような年配の方は珍しく、特に有名なリーダーでもなく寡黙な人が、前線で参加していたということはとても印象に残っています。彼は、刑に服している間も、香港人に対して手紙を出したりしていて、そういったこともまた一層私の心を打ちました。

 

©2016 Ying E Chi All Rights Reserved.

 

古賀:1人ひとりのストーリーがある中で僕が印象に残ったのは、市民が最前線で警察と対面し、「香港人同士でどうして争うんだ」「君らも香港人だろ」と声を上げるシーンです。これは沖縄でも同じ構図で、香港では民主主義を勝ち取ろうという運動ですが、沖縄でも選挙をはじめ様ざまなところで民意が示されているのにも関わらず、基地建設が強行されるというまさに民主主義の問題です。また、実際に座り込みをしている人びとと警察が対峙しています。そのどちらも、沖縄の人という状況があります。

香港でも沖縄でも、本当なら一緒にやっていける人たちの間に深い溝が存在しています。そうした溝の根源は何だと思いますか。

陳監督:香港の警察は、もともとは香港の治安もよかったし、政治問題化するようなことはなかったのですが、2014年に初めて市民と対立しました。それ以前は、1
984年の100万人のデモの時も市民と先鋭的に対立するということはなかったのですが、2014年の時はデモ参加者は市民的不服従という態度をとっていて、ある程度の違法性があるため、それを押さえつけるとして、警察の任務としてその制服を着ている上で仕方なしに参加していた人もいたにはいたと思います。ただ、運動が長期化するにわたって徐徐に深い対立も生まれてきたと思っています。

どちらも香港人同士だから対立が大きいというわけでもなく、職務上の立場で参加していているわけですが、時には反抗する人たちを処理するための手段として権力行使する場面もあったのではないかと思っています。

■ 「乱世備忘」公式ウェブサイト

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