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講演録:「危機のユネスコ世界遺産」~本来平和の精神に基づくもの
Categories: 文化・アート

 

6月に東京都内で開かれた「2018年度 港ユネスコ協会シンポジウム」(主催=港ユネスコ協会)での講演録です。当日は録音不可だったため、のちにインターネットにアップされた映像音声から書き起こしたものの抜粋です。【取材=宮沢さかえ】

 

五十嵐敬喜さん:法政大学名誉教授・日本景観学会前会長

ユネスコはなぜ作られたか

五十嵐敬喜さん 撮影=宮沢さかえ

実は戦争と深く関係していて、1940年代の第2次大戦では3000万人が亡くなっている。その反省に立って、2つの機構・システムで平和を維持したいということを考えたということです。1つは、国連です。戦争=武力衝突をしない・話し合いによって解決していく、政治・社会的機構としての国連=戦争防止のための世界的機構です。

もう1つは、ユネスコです。政治・社会的なものとは違い、文化・教育の観点から世界平和を構築する形で発足した。ユネスコはたくさんの活動をやっているのですが、一般的に有名な世界遺産で、ユネスコの存在根拠そのものと関わっているということです。

平和を守るために、本当は2つが独立して牽制球を出し合うことによって、文武両道・政治と文化の両立を図るはずなんですけれども、だんだんと政治に支配されつつあるのが、ユネスコの危機の第1点です。

1番大きな政治的な問題は、アメリカ大統領がトランプさんになって、あちこちの国際機関に対していろいろクレームを付けていることです。ユネスコについても、「ユユネスコは全体的ににもアラブ寄りである」ということで脱退を宣告しました。アメリカはユネスコの財源についても非常に影響していて、最大の危機です。しかも、露骨に大統領が介入してくるということがありました。

日本も追随し始めた。ユネスコが関係した世界記憶遺産の中で南京の文章について登録が認められたことについて、日本政府が抗議をしました。それで日本も脱退する、もしくは分担金を払わないと言い出して非常に揺さぶりをかけています。

2番目は、少しずつ波及していていくつかあります。その1つは記憶遺産で、1番最初に問題になったのは、南京事件=中国から言わせると、「日本人による南京市民の大虐殺」という記録の碑を記憶遺産にすることに対して、日本政府はかなりクレームを付けました同じように、「慰安婦」の関係資料を記憶遺産にというのがありました。これはみなさんご承知の通り、極めて大きな韓国と日本の対立争点になっています。記憶遺産についても。具体的な問題になっています。

高野山奥之院、お遍路さんと五十嵐敬喜先生(右)との邂逅 撮影=佐藤弘弥

もう1つ韓国との関係でいうと「徴用」=韓国人を強制的に日本に連れてきて労働させたことが具体的に問題になっています。1つは明治の近代化遺産ー1番有名なのは軍艦島はだいぶ徴用工を使ったので、「平和を守るための世界遺産が戦争のマイナス遺産を使って平和とは何ごとだ」というのが韓国の言い分でした。

これをどうするかということが、明治の近代化遺産の問題です。日本政府は2018年12月までに慰安婦問題・徴用工問題に関する何らかの資料を公開しなければならない。どのように公開するか・どう扱うか慎重な態度になっている。この公開の仕方によっては、また爆発するかもしれない。これも大きな意味で1つの危機・政治介入です。

登録された側で言うと、富士山の時に問題がありました。山中湖の近くに、非常に広大な面積の自衛隊演習場があって、平和を守るための世界遺産なのに、自衛隊があって何で平和のシンボルなのか?と、極めて真っ正直な疑問が世界中から提出されたということです。日本政府は自衛隊をはずして「信仰の山」「芸術の源泉」として登録させたのですが、どうもこれは最後まで尾を引く・避けて通れない問題だと思っていたところ、これは何とか切り抜けました。

今回は、まさしく沖縄の自然遺産に米軍の演習場があって、自然遺産の関係部会は、「米軍の演習場はちゃんと日本に返還されてきちんと国立公園になって自然と一体化するまで、世界遺産の登録を認めない」ということになりました。やはり、軍事は非常に大きな問題になってきました。

世界遺産の原点(平和)を深く掘り下げる

供養願文:中尊寺大長寿院所蔵

平泉=供養願文:初代(奥州)藤原清衡が平泉の町を作る時に、なぜこの町を作るかについて供養するため願文を出した。ユネスコの憲章みたいなものと考えてください。まさにユネスコ精神と合致すると思って。供養願文を第1に当てました。おそらくユネスコ協会の人たちも、供養願文とユネスコの継承が一致するなど誰も考えていなかったと思います。

鎌倉:残念ながら登録されなかったのですが、プレゼンテーションの仕方がまずかったのではないかと思うことがありました。それは、「武家の都」としてやったのですが、どういう武家の都・どういう街づくりをしようとしたかという時に、源頼朝が考えた都市と頼朝の精神に賛同して馳せ参じた人たちの意思、がうまく世界遺産の意思に入って来なかったのではないか。これを入れたら、鎌倉も全く別の見方になるんじゃないかと私は思っています。

高野山-蛇腹道から根本大塔を望む
撮影=佐藤弘弥

高野山について言いますと、宣教師が日本に2つの大学があると。1つは高野山なんですが「ここはパリのカルチェラタンに匹敵するぐらいの賑やかさと、深い学問をやっている」と書いて本国に送っているんです。極楽寺も、まさしく病院をやっているところがすごいなという感じなんです。

これこそ平和の大学で、武家の都だからこそ病院で治療することが必要だった。こういうことにちゃんと焦点を当てると、もう少し鎌倉の見方も違ってくるんじゃないか。極楽寺そのものは入っていると思うのですが、ほとんど世界遺産登録にこういう位置づけを与えなかった。こういうものを見ると、鎌倉も改めて平和の都市です。

四国遍路:何に1番感激するかというと、平和の1番の基礎に「差別がない・平等であること」がないと、戦争が避けられない。四国遍路は、まさに平等感覚・差別がないということについて、最も典型的に表している。八十八個所めぐりは知っていると思いますけれど、とにかく、男も女も、外国人も日本人も大人も子どもも、もっと言えば他宗派=キリスト教・イスラム教の人たちもみんな平等に扱われるところが素晴らしい。

特に「お接待」というのがありまして、信者たちが巡礼をする人たちを迎える・接待する。オリンピックで「接待(もてなし)」が有名にありましたが、昔・江戸時代から世界愛文化はあって、地域と巡礼者が一緒になってという文化がほとんどない。宗教はたくさん世界遺産になっていますけれども、地域ごと接待を含めて全体を抱擁している所は本当にとんどない。

「殺生を絶対にしない」と看板にも書いてあって、平和と直結している。このようにしてみると、四国遍路の文化もさらに進化するんじゃないか。トータルしてみると、これが1番難しい問題で、「日本は国全体で古来戦争をしない国」を客観的に担保したのが9条じゃないかと思っています。

それはどういうことかというと、「歴史的・考古学的な価値を越えた文化芸術を見直す。例えば、日本文化。自然と一体化する美を見出し、物事に白黒をつけたがらない、あるいは目に見えないものに霊性を感じるという日本の芸術や思想は、西洋の方がたには理解しにくいかもしれない。根底にある平和を願う精神・生きる知恵には、人類共通の普遍的文化価値がある、熊野参詣道は、言葉では説明しにくい文化価値やユネスコ憲章が本来持っている精神を世界に広める言葉に大きく貢献する」(青柳正規・文化庁長官)。

「熊野古道の道を歩くとこれが人間と自然が一体化して根源的に平和を訴える力がある。世界遺産にとってはすごいことだ。日本国民全体で、希望と自信を持ちなさい」というのが、青柳さんのメッセージだと思います。

登録遺産の問題点

1.観光客をどう考えるか
世界遺産になると観光客が増える。良いのか悪いのか?ダメ・イヤだ=無尽蔵に車が入ってきて、ただ観光で行くのもダメだし良い影響を与えない。特に大きかったのは、自然遺産をする沖縄・西表島=小さな所だが、世界遺産に4割が反対。観光客が来ると、自分たちが普通に生活するリズムが壊れる。

下鴨神社=マンションを建てる。一般的には絶対にいけないことだが、神社側にもすこし意見がある。何とか知恵を絞らないと、ただ「保存しろ」だけでは保たないところに来ている。20年に1度遷宮をする。それを補うために、結婚式・七五三などが資金源にまっている。高齢化社会になって利用者が減ってくるので、憲法との関係で国家が神社に金を出すことはできない。何とか自己負担でやらなくてはいけない。神社・寺院だけをやっていたのでは保たないので、維持保存をしていくにはどこかで受益者負担という形で国民自身が少し負担しなければいけない。その中に環境が含まれている。

2.世界遺産は今後どうなるか
世界遺産になるためには、暫定リストを作って順番に登録するのだが、そろそろ種が尽きてきた。古都鎌倉は1度落選しているが、登録の有力候補。新しい価値観を与えないと、武家の都で同じことをやっても必ず通らない。新しく構築しないとものが良く見えない

今後考えなくてはいけないのは、誰が見ても文句なしに世界遺産だというものがだんだんと少なくなってきていること。特に縄文遺跡。見に行っても何もわからないけれども、三内丸山などをみんなが見に行く。

これまでユネスコの中で1番わかりやすく1番具体的なインパクトがあった世界遺産なので、政治に少しずつ翻弄されながらまたインパクトのある新しいいろいろな価値・平和に直結するような価値をもう1回日本で演出していくことがだんだん先細りになっているのではというのが私の危機。

これで良い、もちろん無理して世界遺産維なる必要はない。もう55件もあるのだから、これを大切にしていけばいい。しかし、世界遺産はマスコミ的にも観光的にもインパクトがあるので、もっとみんなで考えて価値あるものを提示できればそれに越したことはない。ただ、その時に平和と結びつけて考える風習・思考方法、観光客に対するアピール方法をもっと強化した方が良いというのが私の見解・世界遺産概論です。

 

正御影供(空海入定の日の慰霊祭)の日、御影堂前に若い学僧が整列する 撮影=佐藤弘弥

 

東郷和彦さん:京都産業大学世界問題研究所所長

静岡県における世界遺産の保護と住民運動

東郷和彦さん 撮影=宮沢さかえ

私は外交官としてヨーロッパ生活が長かったので、五十嵐さんが言った「風景の調和」はヨーロッパで生活をしているとどうしてもあって、日本に帰ってくる度に違和感を持っていました。十嵐さんが感じたこの違和感を持ったところから、これを根本的に変えるにはどうしたら良いかということに想いを馳せて日本のことから世界(ガウディ)→世界遺産・ユネスコに至ったとことに感動した、今日はそこのところとの関連で話をしたい。

生活の中に本当に作り上げられるべき文化は、日本がいろいろ発展してきた中でいろいろありますが、衣食住の内衣と食はもう世界の一流のところまできた。ところが、住はどうにも貧しい。そこのところをやりかえる・根本的に考えられるかということの関係で1つ話ができるかなと思ったのは、静岡県対外対策補佐官を2011年からやってきた中でのことです。

仕事を始めてみて1つわかったのですが、川勝平太知事は世界遺産が大好きなんです。知事になってしばらくして、富士山が世界遺産になりました。そのために知事自身が非常にどうかという良くしたこともありますけれども。県政の1つの方法として世界遺産・世界遺産的な物を県民にエンカレッジ(発達の促進)している。そのことで。世界的レベルに達する文化度を上げて行くという、一種の政治手法だと思います。

もう1つ、2015年に明治遺産の1つとして韮山の反射炉が文化遺産になっています。この2個なんですが、川勝知事は「世界クラスの資源・人材群リスト」を作って、真水な世界遺産ではないけれどもそれに匹敵するような世界レベルの評価を受けたものを、ずっとリスト化していて、2013年の富士山が世界遺産に登録されたのを第1号として。現在(18年4月)で73個のリストがあるんです。

今日1番話をしたい静岡県三島市は、世界遺産ではないのですが世界水遺産・世界灌漑施設遺産になっています。静岡で仕事をするようになってから、川勝知事に「富国・有徳・富士は素晴らしいが、現三島は行くに値すると言われて行ってみて驚いた。それは、三島の水。あまり長い距離ではないのですが、源兵衛川の両側に木があって、その水の美しさです。

僕は外務省時代にオランダでの生活が長かったのですが、オランダは運河の美しさを国中に取り入れている国ですね。その中で印象に残っているのは、なんといってもベニスです。水を都市の中に取り入れた時に、どんなに美しいものができてくるかということは外務省時代に感じているわけです。

「ああ、ここは東洋のベニスである」「東洋のアムステルダムになるなぁ」と思いました。源兵衛川の水だけではなくて三島の中や周辺の自然が非常に豊かなんです。そこにいろいろなものを作って、緑と水と富士山を活かしたような街づくりと周辺の自然を1つひとつ新たに豊かにしながら、そこに住宅も作って行く。場合によっては産業も作って行く。全く、今まで東京でやっているような都市開発とは違う開発をやっているなぁと思っていたのです。

ところが、一昨年くらいから異変がおきました。今の三島市長が、何をしたいのかわからない。最初に案内をしてもらった時は、(NPO法人)グランドワーク三島の人と一緒に視聴も来て半日くらい私にも付き合ってくれて、非常にいい関係だった。ところがこの人が、今三島の開発=駅南口の大きなスペースの開発が、自分の命をかけた最後の仕事だとなぜか思い込んだんです。

その開発の方法として、高さ100メートルのマンションを建てる。当然、いろいろな意見があって、それに反対する人もいて、一昨年くらいから市長とその周辺の1グループの人と、「もっと別の方法がありまするんじゃないの?」ということをいろんな形で話をしようとしてきているんですけれども、それがうまくいかないんです。

だんだんわかってきたんですけれども、今の日本の行政はある種の恐ろしい力を持っていて、その行政のチャネルに権限を持っている人がある意味1つの信念を持って行政の組織を動かし始めると、これが蛇管となって回り始める。それに反対する意見を、今の日本の行政法のて続きの中で反映させるのはとても難しいこと。

私は、三島が持っている衝撃的な美しさ=特に春先に源兵衛川を中心にたぶん日本で1番の蛍の名所になっているんです。それをスマホでちょっと見て、台湾や中国からみんな飛んでくるわけです。過去10年で200万人の観光客が700万人になりました。観光客が増えれば良いというものではないけれど、やっぱりお金を落としていく。三島の誇りです。それを、ほかならぬ正当な手続きで選ばれた市長が全く違おうことをやろうとして、話をすると非常に多くの人が「ええ?」と言うんですが、うまういかない。

それから、もう1つの特徴は、情報を開示しないんです。最小限の情報を開示しているかといえば、しているんですが、どこに矢印が向いているかわからない状況で動いています。京都の例も含めて、今の日本が文化的価値を守っていこうろした時に、ものすごくたくさんの課題を抱えていることを考えて、そこを何とか乗り越えることを考えていくことによって、世界遺産・準世界遺産を持つに値する国になるようにいろいろ工夫をしていかなくてはいけないと思っています。

 

平泉・経蔵前から大長寿院を望む 撮影=佐藤弘弥

 

佐藤弘弥さん。フォトジャーナリスト・日本文化研究家

戦争抑止の思想とアインシュタイン

佐藤弘弥さん 撮影=宮沢さかえ

昨年五十嵐敬喜さんと一緒に行った韓国で、面白い経験をしました、それは、ユネスコ憲章の前文にある「戦争は人の心で始まる。だから、心の中に平和の砦を築かなくてはいけない」という1文がありますが、これをつくずく感じたことです。

というのは、韓国に行く前には「いつ戦争が始まるかわからない」という懸念で行ったのですけれども、行ってみると戦争が始まる前という確信を感じたんです。なぜかわからいのですけれども、韓国と北朝鮮は戦争しないなと。でも、行った時にはB1=爆撃機が飛んでいるんですね。それで、いつ戦争が始まってもおかしくない状態だったんです。

けれども、韓国の人たちは戦争があるなんて思っている人はいないのでは?と思うくらいの感覚だったんです。それはなぜか?ということを今日のテーマに取り上げたいと思って戦争の話。それとアインシュタインがいろいろな提唱案をしてフロイトに手紙を出したということについて話します。。

講談社学術文庫/2016年6月発売

『ひとはなぜ戦争をするのか』という文庫本(アインシュタイン/フロイト・講談社学術文庫)がありますが、非常に示唆に富むことをフロイトが言っているし、アインシュタインが質問したことに対して、23歳年上のフロイトが真摯に答えています。これは、人類の宝なんじゃないかと思うほどの価値がある本だと僕は思いました。

第1次大戦で2600万・第2次大戦で5355万人。それで国連を作らなくてはいけない、世界政府を作らなくてはいけない・何とかしなくてはいけないと考えてフロイトに手紙を出すんです。「人間を戦争という軛から解き放つことはできるのか?人間の心を特定の方向に導き憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?」と

この後にナチスが台頭してワイマール憲法が崩壊して、世界中が戦争の渦に巻き込まれていくわけです。そして、5千数百万人が殺戮されました。この問いに対してフロイトは「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて、歩み出すことができる」という結論を導きだしています。

第1次大戦で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が増えたのです。パニックになって、ブルブルブルブル震える賞状が出てたのです。ですから、第1次大戦でフロイトやユングが「なぜ人間が心の障害を持つのか」について研究をしたことで、だいぶ精神医学が進みました。

僕は大学時代からずっと、「なぜファシズム=全体主義の渦に巻き込まれてとんでもない所業に巻き込まれていくのか」ということを考えていたんです。その時に1番納得がいく答えを出してくれたのがユング=スイスの深層心理学者が言っています。すでに1918年に「ドイツ人の患者の無意識の中に、彼らの個人的心理とは違う独特の障害があることに気づいていた」という1文があります。

これは何かというと、人間の気持ちというのは個人個人違うんだけれども、広い土壌のようなものがあってそこでは地下水脈が流れていて、個人個人別の意識を持っているんだけれども深層心理的には同じ線が繋がって共鳴し合うような、もっと言うとファシズムの精神的土壌みたいなものがある。それが国家だけじゃなくて、分化的に近い人たちの中での神話あるいは昔話も神話の1つだと思うんですけれども、そういう中に文化的な共通項が生まれる。

それがナチズムやファシズムになったり日本の帝国主義的な流れを作って、1つの悪いムーヴメント=戦争になだれ込んで誰も止めることができない所に持って行ってしまう恐ろしい心に深層心理的に言うと結論になるんです。

カンボジアには、アンコールワット遺跡があります。素晴らしいけれども、美しいものと対峙するトゥール・スレン=虐殺の悲劇が行われたことも事実だし、悲劇的な文化財も世界遺産の価値を見出して、アウシュビッツ収容所も世界遺産維なっていますし、世界で1番最初に原爆が投下されて被害者を多く出した広島も世界遺産になっています。負の世界遺産です。

美しいものと、美しくないけれどもこれは人類の文化史として遺さなければならないものは遺す。これがユネスコ精神であり、私たちの文化を継承する気持ちではないかと思います。五十嵐さんと20年近く平泉の文化に関わってきて、戦争がいかに文化を人の気持ちを潰していくかということを体験したのですが、「それでも平泉は1度も死ななかった」とドナルド・キーンが言っています。「アンコール・ワットやボルブドゥール(ジャワ)・バガン(ミャンマー)も1度滅びて発見されたものだ。しかし、平泉は1度も滅びなかった。不滅の法灯を絶やさず守られた。だから1度も滅びなかった」と。日本文化の特徴だと思います。

毛越寺-大泉ヶ池の紅葉 撮影=佐藤弘弥

平泉(奥州藤原)が1189年に27万の大軍で2手に分かれて攻めて滅ぼすんですけれど、実は滅ぼさなかったんです。中尊寺や毛越寺の坊さんが頼朝の下に袈裟を着て「平泉を守ってくれ。私は何も抵抗しない」と、堂堂と掛け合うんです。頼朝はビックリしたんですね。二階大堂というところを見て、平泉の都市にある文化財を全部書き出ださせました。

当時平泉は、京都に次ぐ人口を持った都市です。おそらく5~10万人数がそこに住んでいた。そして商業をし、海外・京都と貿易をしていた。不滅の法灯が絶やさず守られたのは、宗教が機能していたからです。それが、平泉が護られた理由です。

   
   〔参考文献〕