ウェブマガジン・のたる
監督インタビュー:「医(いや)す者として」鈴木正義さん(前編)

 

――この映画をつくることをプロデューサーの小泉修吉さんから頼まれたとき、どのような気持ちの逡巡がありましたか? 不安や期待が入り混じった気持ちだったのでは?

鈴木正義監督

鈴木正義監督
1953年生 シネクライム
代表現在はグループ現代でTV番組プロデューサーとして活動
写真撮影=宮沢さかえ

鈴木正義監督:俊一さんの息子さんの健一さんから、「当時のフィルムがある。それをよみがえらせたい」と伺ったので、病院の映画部のフィルムをよみがえらせたいという気持ちがありました。07年、小泉さんと一緒に佐久病院の地下倉庫に入ったところ、ドラム缶の中にフィルムがあったんです。その山のようなフィルムを見たとき、「うわー(荷が重い)」と思いました。

ネガフィルムは、当時の名プロデューサーの手で全て整理されてありました。08年から、トヨタ財団に助成金を頂いて、フィルムをデジタル化する作業を始めました。昔のものを「今に活かす」必要があり、どうやったら「今」の映像になるかと考えました。

スチール・佐久の人

 スチール・若月さんの思い出を語る佐久の人/グループ現代提供

佐久病院っていうところは、取材に行くと必ず宴会をしてくれるんですね。30年前は、若月さんという方は自分にとって雲の上の人だったのですが、当時「これからは、家族・家庭がテーマになるよ」とおっしゃったことがありました。この言葉は、自分にとっての宝物ですね。息子の健一さんは、病院の近くにある医師住宅を無料で貸し出してくださったので、光熱費をお支払いしてそこを拠点にして、自炊しながら映画の制作に取り組みました。フィルムは65年分あるわけですから、1年ごとにピックアップしていくと膨大な時間になります。今回の映画は1時間48分ですから、膨大にそぎ落としたんですね。

何をピックアップし何を捨てるか―若月さんという人は、いろんな顔を持っている人・いろんな側面があり、病院経営者としても卓越した人なので、どこを抽出するかをまず考えました。映画製作の最中は、何もせずに布団をかぶる日もありました。そんな中、地域の方に話を聴き始めたところ、「自分の佐久病院」「自分(にとって)の若月」というのを語ってくれるんですね。そこから、「ああ、この話を聴けばいいんだ」というふうに自分の意識が変わっていきました。もし、この映画が評価されるとすれば、その部分だと思います。

巡回診療中の若月俊一さん

巡回診療中の若月俊一さん グループ現代提供

――若月氏の、高度専門医療と地域密着医療を両立させている姿勢に感銘を受けて、私もそうありたいと感じました。監督がこの映画に込めたメッセージは何でしょうか?

鈴木:映画というのは、観る側がそこに込められたテーマを考えるものです。この映画では、地域医療を取り上げていますが、医療は個別具体的なものなので、自分の(住んでいる)地域活動をどう考えるか ということに繋がるかもしれません。観る人によって、メッセージの受け取り方が違うと思います。若月さんという人は、二足のわらじをはいていて、有能な外科医としてドラスティック(劇的)に状況を変え、“治す人”として卓越する一方、地域の農村をまわる地域医療もやっていた。高度専門医療と地域密着医療の2つを自分が実践していたんですね。

若月さんは高校のとき左寄りの考え方を持っていて、一年間拘束されたこともあるのですが、東京大学に入って恩師に「佐久へ行け」と言われているんですね。政治性を持った青春時代を送っていて、中央(首都圏)の医療者たちに対するアンチテーゼを、長野から送り続けたんだと思うんです。昭和27(1952)年に、全国農村医学会というのを立ち上げて、医療者としては最初は異端児だったと思います。佐久総合病院というのは、農協が母体なので、相互扶助という考え方があるんですね。お互いに助け合うことを大事にしていたと思います。

――長野の方言である、へえ・しただよ・くれてみた・いるわい などのセリフが出てきますが、これは地域らしさを出すために意図的に出したのでしょうか?

鈴木:恣意的なことはするまいと思っていて、その方(話し手)が一番輝くように、その方が言わんとしていることの本質からずれないように注意はしました。

――映画を見ているうちに、なんだかおじいちゃんやおばあちゃんの家に来て話を聴いているような感覚になりました。

鈴木:やった!(笑)―万歳と手をあげて―それは最大の賛辞です。

長野では、お客さんのお茶をたやさないようにするんですね。お姑さんはお嫁さんに対して教育をする。

登場人物に関しては、間に必ずその方を導いてくれる人がいたんですね。地域の保健婦さんとか、「あの人がいる」と言って紹介してくれました。だから、地域の人たちも「こういう(信頼できる)人たちが連れてきたんだから、しゃべろうか」と思ってくださったんだと思います。(後編につづく)

【2011年11月15日グループ現代事務所にて・聞き手=井出留美(office3.11)・写真=宮沢さかえ】

◇  ◇  ◇

医す者としてチラシ裏

「医す者として」チラシ裏
グループ現代提供

■映画「医す者として」

制作: 若月健一/ 小泉修吉

監督: 鈴木正義

語り:  山崎樹範

助成:文化芸術振興費補助金

協力 :佐久総合病院/長野県厚生農業協同組合連合会/公益財団法人トヨタ財団

企画制作:グループ現代

108分

12月17日からポレポレ東中野にてロードショー・他自主上映あり