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映画紹介:「日本の悲劇」~普通の人びとが見舞われていること 全国順次公開中 

 

あいにくの陰気な雨にもかかわらず、夜のマスコミ試写会は満席だった。パイプ椅子の補助席も出ていた。社会派の作品では、正直いって珍しい。本作のテーマが、多くの人に「これはひとごとではない」と思わせ、胸ぐらを掴んで引き寄せる・・・そんなことを感じながら補助席に座った。

 

(c) 2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS

 

キャストは豪華だが画面は暗い。場面はほとんど、古い住宅のありふれたダイニングキッチンのみ、しかも白黒。そこに、仲代達矢演じる老父・不二男がおぼつかない足取りでよろよろと入ってくる。肘を支えてつきそう息子・義男は北村一輝だ。どんなスペクタクルでもいけそうな2人だが、本作では、父は余命わずかと診断され、失業中の息子は、父の年金でほそぼそと暮らしている。

翌朝、不二男は和室の戸を内側からすべて釘で打ち付け「ミイラになる」と宣言する。義男は驚愕・混乱し、阻止しようと怒鳴ったり懇願したりを繰り返すが、不二男の決意は堅く、「これが最後だ。お前にしてやれることのな」という言葉を残して、あとはほとんど返事もしない。そして、閉じこもる不二男の脳裏には、かつての家族の姿が浮かんでは消えはじめる。

 

(c) 2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS

 

かつてはこんな2人きりではなかった。不二男の妻・良子は健在で、義男は仕事に励みながら妻・とも子との間に一女を授かり、一家の将来にはなんの不安もないように思えた・・・

家族がいること・健康であること・居場所があることを、私たちは当たり前に思って暮らしている。本当は、それらはいろいろな条件のうえに、ある種のバランスをもって成り立っているだけで、ひとたび災厄に襲われれば、あっという間に失ってしまうものばかりなのだ。

家族がみんなそろった一場面が特に印象に残った。不二男たちには、その後に起こった災厄のかずかずが悪夢のようにしか思えなかっただろう。だが、これは夢ではなく、受け止めるしかない。どんなに不本意な状況でも、生きていく限り人はそこから次の一歩を踏み出すしかない。その一歩を、義男に生きて踏み出させるために、不二男は「ミイラ」を選んだのだろうか。あまりにも切ない決断だ。

そして、エンドロールの前に「年間自殺者2万7766人(2012年)、非正規雇用率50パーセント以上(正社員に対して)・・・」というメッセージが流れる。名優ではない普通の人びとが、映画ではなく誰にも知られず、それぞれに悪夢のような災厄に見舞われていることこそ、本当の「日本の悲劇」なのではないか。

うつむいて試写室を出ると、雨は上がっていた。街灯に残るしずくが光ってきれいだった。早く帰って子どもを抱きしめたい、未来を少しでもよくしたい と切実に思った。【文=古川晶子】

 

小林政広監督 2013年6月4日撮影=宮沢さかえ

小林政広監督
2013年6月4日撮影=宮沢さかえ

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