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「まず見に来てほしい」~岩手県山田町で復興について考えた
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山田町にて

船上で海を見つめる大石秀夫さん

 漁師で消防団長の大石秀夫さんは、「とにかく団員が休む所がほしい。小さなプレハブでいい」と言います。消防車も津波で流されましたが、現在は復帰。しかし、仮設車庫で活動にあたっているために、団員が休む場所がありません。「誰か寄贈してくれる人がいたら、お願いします」

 漁業は、特産の帆立と牡蠣のイカダが全滅。ウニはたくさんいるのですが、船がなくなった(1800隻中残ったのは500隻)ために漁権が放棄され禁漁となっています。イカダは共同で設置が始まりましたが、食べられるまでには2~3年はかかるとのこと。

 大石さんたちは、先月東京で現状を話し、支援を求めました。

山田町にて

新しい機械について説明する木村トシさん(右)

 木村商店(海産物加工)取締役会長の木村トシさんは、工場を津波で、自宅を火事で被災しました。それでも、震災から約1カ月で作業を開始しました。最初は自宅の一角で。その後自宅向かいの土地を借りて仮設工場を建てました。当初、自己負担4分の1と聞いていた再建資金繰りが先月末に一転、自己負担が4分の3と割合が逆転してしまいました。

「こういうことを決める人には一度見に来てほしい」と木村さん。8月7日に開店した地元出店のスーパーに木村商店の商品が販売されています。また、12月には新しい場所に工場が再建予定で、通信販売も再開されます。

山田町にて

佐藤勝一副町長

 山田町の佐藤勝一副町長も同町議会の昆 暉雄議長も家を失い、仮設住宅暮らしをしています。そのような状況の中で公務に当たり、「漸く笑顔が戻ってきたところです。山田町は復興が早いと言われています」(佐藤副町長)「山田の牡蠣を食べに来たいと言う声を聞きます。1日も早くまた来ていただけるようにしたい」と力強く語っていました。

 今回、私を含め約20人が山田町を訪ねました。Facebookなどで呼びかけられて集まった「山田町応援団」のメンバーで、この中にはすでに何度も町に足を運んで物心両面に亘る支援をしている人もいます。また、今回は岐阜経済大学の教師とボランティアサークル「HIGE―BU」のメンバー2人も参加しました。

山田町にて

昆 暉雄議長(正面)の話を聞く応援団のメンバー

 私たちがすぐにできること、やってほしいことを昆議長に尋ねたところ、「こうした交流も大歓迎。まず来てほしい。学校も早く再建したい。具体的な支援については町役場に連絡してください」とのことでした。

 元の町に戻るには50年はかかるだろうと地元の人たちは言っています。それでも、ここにしか居所はない人たちはここに住み、生活をしていくのです。そのためには何をどうしたら良いか。それを考えるのが復興策というものです。机上でできるものではありません。【文と写真=みやざわさかえ】

山田町にて

町役場屋上から見た町内(2011年8月12日撮影)

山田町にて

町長・議長と記念写真(副町長の右隣りは応援団の高松洋子さん)

 

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■ 岩手県山田町ホームページ(災害対策本部情報)

■ 山田町応援団公式サイト